2019夏期特訓のお知らせ

テスト勉強の管理が雑な生徒に対してのお説教

テスト勉強の記録は本当に必要?

ここ最近はあまりネガティブなことを書かないようにはしていたこのブログですが、「そもそもほとんど書いてねーだろ」と言われてしまったら立つ瀬がありませんのでスルーの方向で。いやそんな事はどうでもよくてですね、さすがに看過してはいけないと思うことがありますので、ここに記しておきましょう。

勉強の管理が適当な子の成果なんか出るわけない

ウチの塾では試験期間中に試験対策授業はしません。その代わりに、たっぷりと演習の時間を取り、各々の弱点克服をしていきます。

その内容は、私が全部考えて指示をするのではありません。1人2人ならともかく、中学生全員に指示を出している時間はありませんし、試験対策期間が始まるタイミングで全員と面談をして作戦会議をしています。さらに中1には問題集のどのページを中心に演習すれば良いか全科目の一覧表を作成して渡しています。

これで何をしてよいか分からないことは無いでしょう。「何をして良いか分からない」=「何もしたくない」だけじゃないでしょうかね。

勉強する内容は分かるでしょうが、それがどこまで進み、どこが出来ないのか、あと何を解き直せば良いのか、これらを管理しなければ成果は出ません。

そのために使っているのがレコーディングノートです。

学校の「テストがんばり表」のようなザックリとしたものではなく、綿密に管理出来るように数年前からマイナーチェンジを繰り返しながら運用しています。

そのレコーディングノートの管理が雑な子は、たとえ長時間勉強したとしても、望んだような成果が得られることはありません。ウチの生徒に限って言えば、これはほぼ100%です。

レコーディングノートの管理が雑な例

レコーディングノートはおおむね下の画像のような記入をしていきます。

レコーディングノートの記入例

これは良い例ですのであしからず

塾でしか勉強していないのでお手本とするには若干物足りませんが、まあ良いでしょう。雰囲気は伝わりますよね。

これが最低ラインです。これより雑な管理をすると、とたんに効率が落ちてきます。どんな問題点があるか、指摘してみましょう。

白紙

論外。

毎日の反省コメントがない

「反省コメントは我々がチェックするものじゃないよ。君たちが明日の自分自身に向けて書くもんだ」

私は常々このように生徒へ伝えています。

その日の勉強の成果、進み具合、やり残したことなどを翌日以降の勉強に役立てるために書いて欲しいのです。コメントを書いている中で、明日以降どのような勉強をやっていけば良いのか計画を立て、修正ができます。

日々の勉強が線になってつながるイメージですね。

このコメントを書かないと、翌日は新たに翌日の勉強が始まります。昨日残した課題や出来なかった部分の解き直しはどこへやら、何となくその日のやりたい勉強が始まるだけです。

勉強内容が書いていない

勉強時間だけ書いてあって、中身が書いてないと、一体何がどこまで進んでいるのか管理出来ません。

まあ、百歩譲って昨日勉強がどこまで進んだか、くらいはわかるでしょう。でも、それが5科目、場合によっては9科目分覚えていられるでしょうか。

無理です。

もちろん解いたテキストに色々印をつけて管理することも大事ですが、全科目の勉強の進み具合が一覧出来るという強みは大きなものです。

科目の色分けをしていない

レコーディングノートに勉強した内容を記入するときは、科目ごとにマーカーで色を塗るように指示をしています。慣れた塾生なら色を見ただけで直感的に科目が分かります。

これは、レコーディングノートを俯瞰したときに、科目ごとの勉強時間のバランスが一目でわかるように狙ったものです。

レコーディングノートの記入例

この画像の例だと、比較的どの色も塗られています。ということは、ある程度バランス良く勉強が出来ているという事になります。ちなみにこれは第1週目ですが、第2週目は苦手なところに絞って勉強をしていくため、科目のバランスは大きく偏っていきます。それはそれでOKです。

もう言うまでもありませんが、色を塗っていないとパっと見では分かりません。我々指導側が分かるかどうかではなく、自分で見たときに気づきにくいのが問題なんです。

勉強の管理をする目的は得点を上げるため?

よく言われることですが、「目的と手段を見失ってはいけない」という格言(?)です。

得点を上げることが目的、勉強の管理は手段

当然のことながら、テストで得点を取るのが「目的」です。そのための「手段」として勉強の管理をしよう、と。当たり前のことですよね。

「目的」が達成されさえすれば、そのための「手段」は(不正以外なら)何でも構いません。

ですから、ぶっちゃけた話レコーディングノートが白紙でも自己ベストが出せるなら何も言うことはありませんし、結果を出した子が正義です。無論、そうなっていないから指摘をしているわけですが。

レコーディングノートのような学習管理の道具が無くても結果を出す子がいないわけではありません。そのような子はおよそ2つのパターンに絞られます。

1つは、本人が意識せずとも管理が出来ている子。

小学校時代から日々の学習をする習慣がついているなら、自然と自己管理が出来ていて、テストに対応出来てしまいます。中学生くらいなら学習内容が強烈に難しいわけではありませんからね。でも、付け焼き刃でどうこうできるものではありませんよ。

もう1つは、特別なテスト勉強を必要としない子。

普段の学習量が充分なので、取り立てて試験勉強に熱を入れないでも普段の勉強に色を付けた程度で済んでしまうのです。毎日1時間勉強している子と毎日2時間勉強している子の差は、1回のテストで考えると優に50時間。試験前にその子より50時間多く勉強をするのはほぼ不可能ですので、すでに勝ち確。

共通するのは、経験が豊富であること。

それ以外の大多数の中学生の場合、勉強の管理が必要です。それがウチの塾の場合は、レコーディングノートなのです。

与えられた道具すらまともに使えない子が目覚ましい成果を出せる道理はありません。行き当たりばったりの勉強内容に終始しています。

勉強の管理を目的にしてもいい

では、とにかくレコーディングノートを細かく書けば良いのか、と言われれば、私は「Yes」と答えます。それでいいんです。

それでは手段と目的が入れ替わっているのではないか、そう考える人がほとんどではないかと思います。

本来テストの点を上げるという「目的」のための「手段」であるレコーディングノート。これを綿密に記録するのが「目的」になってしまっては本末転倒だと。

私の考えではありますが、それも1つの手段だと思います。

レコーディングノートを書くには、そもそも勉強をしないと書く内容が無いんです。演習したページを書き込むには、そのページを演習しないといけません。コメントを書くには、勉強した内容を細かく振り返らないといけません。

つまり、レコーディングノートを書く作業を通じて、自然と勉強を振り返ることが出来るようになるのです。結果として勉強の精度は向上します。

そして、書き上げたレコーディングノートは自信につながります。努力を積み重ねた証です。書き込めば書き込むほど満足感は高まります。

テストを受けるまで得点という成果は得られませんが、レコーディングノートをきちんと記録出来たという達成感はその都度得られます。それは決して無駄な事では無いと、私は思うんですよね。

形から入る勉強があってもいい

そう、レコーディングノートに勉強内容を記録するのは「形」なんです。中身が伴わないと意味が無いとの批判があるかもしれません。

しかし、勉強が飛び抜けて得意な子を除き、ほとんどの子はその「形」を整えるのすら初めはままならないものです。まずは勉強の管理を完璧にするぞ、という「形」から入り、勉強したという事実を積み重ねていくことで、おいおい勉強内容も洗練されていくのでしょう。

だから、指導している生徒にはキチンと記録することを要求します。でなければ、ウチの塾で勉強をする意味がありません。

今回レコーディングノートを全員分チェックして、改善点を一人一人伝えますので、第2回のテストに向けて再スタートを切りましょう。

第2回テストと言えば、それに向けた夏期特訓の話を全くしていませんでした。それは記事を改めてやりたいと思います。